So-net無料ブログ作成
検索選択
書籍/漫画感想 ブログトップ
前の10件 | -

久し振りにジョジョを読み返して思ったこと [書籍/漫画感想]

政府の経済対策は、税金の
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
(Byでぃお ザ・ワールドわーい(嬉しい顔)

 


最近買った本、って言ってたらもう最終回ですね [書籍/漫画感想]

PLUTO 7 (ビッグコミックス)

PLUTO 7 (ビッグコミックス)

ああ画像が間に合ってないぜ!いよいよ佳境に入ったプルートゥ。浦沢氏独特の超先延ばし手法も限界を迎え、いよいよ謎ネタ明かしの時期に入って来ましたね。かくなる上は、過去に遡るか、未来に飛んで現在を振り返るしかないと思っていたら、連載の方では、ゲジヒトの過去に戻ってしまったようです(笑)。それにしても話は面白いんですが、相変わらずロボットデザインが人間臭くていかんですね。エプシロンはカッコ良すぎです。プルートゥは、ダサいです(笑)いかにも昔の漫画に出てきた悪いロボットって感じで。鉄人28号のブラックオックスのフィギュアに似てる様な。20世紀少年のロボットも酷いと思いましたが、この分ではボラーも期待できそうにありません(笑)。やっぱり正体がモヤとか霧とか闇とか竜巻につつまれてボワーンとしているうちが不気味でカッコいいんですね。正体がバレバレになるとデザインが稚拙で迫力がありません。まあでも話がとっても面白いからいっかぁ!全然関係ありませんが、昔ヤマトにボラー連邦ってあったような気がしますが、手塚先生と関係あるんでしょうか?ある訳ないか・・・。

って言ってたら今日のビックコミックで、次回最終回の告知にがっくり。もう終わっちゃうんですか・・・。もっと先延ばして下さい、浦沢先生。まだまだイケますよ。でも7巻にもついに完結って書いてあったしね・・・。[もうやだ~(悲しい顔)] ああまた楽しみにしてる「忘れた頃に連載」が終わっちゃうんですね。

ボラーはマシュマロマンみたい(笑)。それともAKIRAの巨大化した鉄雄に似てる気がする・・・。


立ち読み日記3 [書籍/漫画感想]

となりの「愛犬バカ」 (祥伝社新書137) (祥伝社新書 137)

となりの「愛犬バカ」 (祥伝社新書137) (祥伝社新書 137)

 

 

 

文字通り、わがままで身勝手な飼い主のエピソードが笑える本。

犬が甘いものが好きだからといってチョコレートを与える。しかし犬にチョコを食べさせると中毒を起こす危険性があるそうで酷い時は死んでしまうこともあるそうだ。自分が痩せたいからペットと一緒にダイエットしようと餌に野菜しか与えない飼い主。ペアルックじゃ飽き足らず犬の耳にピアスを開ける飼い主。長い爪が可愛くないからと血を流しながら爪を短く切る飼い主。果てはマンションで吠え声がうるさいと困るから声帯を摘出する飼い主!とまあ、犬嫌いの私でも、それ動物虐待でしょ!って思える自分本位な飼い主の行動に呆れる1冊。

その他、犬との口移しにおける菌の感染症についても書かれてありましたが犬好きの方にとっては無論納得ずくのお話ですね(笑)。それにしても救急車不足の昨今、ペットのために119番するのはやめて欲しいと思いました。

あったりまえですが犬に限らずペットは生きている、命があるのですから、ファッションの一部でも玩具でもないのですから、自己都合で加工したり、捨てたりするのは絶対にやめて欲しいし、所詮ペットはどこまで行ってもペットなので、人間と全て同等に扱うのは間違っていると、月並みですが改めて思いました。

推薦人が養老孟司なので買うのをやめました。「バカの壁」の酷い内容もさることながら、自分の本がベストセラーになったから俺は偉い、なんてことをテレビで平気で言えてしまう人って大嫌いです。


立ち読み日記2 [書籍/漫画感想]

ホモ・フロレシエンシス〈上〉―1万2000年前に消えた人類 (NHKブックス)

ホモ・フロレシエンシス〈上〉―1万2000年前に消えた人類 (NHKブックス)

ホモ・フロレシエンシス〈下〉―1万2000年前に消えた人類 (NHKブックス)

ホモ・フロレシエンシス〈下〉―1万2000年前に消えた人類 (NHKブックス)

  • 作者: マイク モーウッド
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 単行本
 インドネシアフローレス島で発見された新種の人類の化石の話。ホモ・フロレシエンシスと名付けられたその人骨は、なんと1万3千年前のもの。そのころには現生人類はもう出現していて、ネアンデルタールなど他の人類はとっくに滅んでいたと思われていた。しかもホモ・フロレシエンシスの化石は、形状はホモ・エレクトス(原人)の特徴を持っているが、歯の状態など見ると明らかに成人なのに身長は3歳児ぐらいしかなかったのだ。そのためその化石はホビットと愛称を付けられた。
 離島では、ウサギ以上の大きさの動物には小型化という減少が表われる。例えばフローレス島で発掘された象のステゴドンの化石は水牛サイズである。ホモ・フロレシエンシスもそうした島の進化の法則に従ったと言われている。
 さらに、フローレス島では、エブ・ゴゴ(“何でも食べるお婆さん”という意味)と呼ぶ不思議な動物の古い言い伝えがあった。エブ・ゴゴは直立歩行し、食欲旺盛で、つぶやく様な声で話すという。彼等は人間の赤ん坊まで襲って食べてしまうことがあったため、人間が火で脅して島の北へ追いやったという。
果たしてエブ・ゴゴはホモ・フロレシエンシスだったのか?!
彼等はつい最近まで生存していたのか?! 
という実に私好みのインチキくさい(笑)魅力的な話が書かれているわけだが、如何せん長い!とにかく延々と科学的な話が続いて退屈である。もっとエブ・ゴゴの話を掘り下げて欲しかった。
まあ北京原人も化石自体は戦争のドサクサで消失しているので、最近ではピルトダウン人の様に嘘だったという話もありますよね。旧石器ねつ造事件もありましたし。だから疑ってかかる反面、真実であって欲しいという希望・夢も正直あります。

立ち読み日記1 [書籍/漫画感想]

また、長時間立ち読みをしてしまった・・・・でも1冊買ったので許して下さい。
で、たまには立ち読みした本を思い出して調べてみようと思った次第。
でまず、目に入ったのが、
セサミ・ストリートの、幼児の目線・興味対象・行動を徹底的に調べ尽くした事例に引かれた。特に、幼児は、複数の物事を瞬時に記憶できる、例えば、テレビを付けて玩具を同時に置いておくと、一見、玩具で遊んでいるようだが、番組内容もちゃんと記憶している、という実験内容が面白かった。 また、番組内容が面白くてもストーリーの順序を一部逆にしてつじつまを合わなくさせると見なくなる、つまり飽きて見なくなるのではなく理解できないと見なくなるのだ、という結果もなるほどと思った。

爬虫類の文明「ヒストリエ」 [書籍/漫画感想]

 

何が怖いって人の顔が哺乳類じゃない。

丁度、ジュラシックパークに出てきたヴェロキラプトルを思わせる(特にリュコン)その顔は、鳥類か爬虫類の様な、感情のない、本能と憎しみと闘争心のみで生きているかのようだ。主人公も含め暖かい血が通っていない、例え優しい言葉を吐いていても、その表情からは温もりが感じ取れないのだ。例え肉親であろうとも自分以外の人間を絶対に信用してはいけないという鉄の決意が感じられる。全体に広がる憎しみと冷酷がこの作品の生命線である。

古代文明というものは私にとってエジプトにしろギリシャにしろマヤにしろ、光り輝く黄金の叡智のイメージがあり、薄汚れた現代社会とは対極をなす神々しいものであった。ところが、この漫画は、その古代文明を人間の醜さ、憎悪の究極を表すものとして徹底的に弾劾している点がまず衝撃的であった。思わず目をそむけたくなる様な残忍さがそこにある。希望も救済も未来も全くない世界がそこにある。この世界が現代につながっているとしたら、我々の祖先は一体、どれほど両手を血に染めて来たのかと暗澹たる思いがする。考えてみれば、私の思い描いていた古代文明は壮大な神殿やピラミッド、壁画や彫刻など物質ばかりであり、そこに暮らす人間たちを思い描いたとしても、せいぜい王様か神官か学者か将軍ぐらいなもので、その下の膨大な庶民や奴隷を思い描くことはないのである。戦を思い描いてもあくまで軍という塊までしか想像力が働かず、その下で血みどろになって倒れている下級兵の屍骸までは考えが及ばないというか、考えたくない。そんな生々しい世界は中世になってからで古代はあくまで光輝く文明の世界でいてほしかった。いや、本当はわかっているが認めたくないし、あえてわざわざ見る必要もないというか意識的に除外していたのかもしれない。スキタイ人が街の人々を殺しまくるシーン、船の上で奴隷たちが反乱を起こし主人をリンチするシーン、それら苛烈極まる光景を幼い子供の様な顔した主人公が時に冷淡に時に笑みさえ浮かべ諦めとともに受け入れるストーリーは、その主人公ともに救いようのない絶望へ読者を叩き込んでくれるだろう。そこには古代の叡智のかけらもない。あるのは人間の醜い欲、虚栄心、そして世界中の人を犠牲にしても自分だけは生き残りたいという悲しい生存本能だけである。4巻で垣間見せる純愛もこのストーリーの流れでは成就する筈もなく無残に打ち砕かれ世界はますます絶望へと向かっていく。それでも主人公は、人は、貴方は生きていかねばならない、人類はずーっとそうやって生きてきたのだから、と作者は自殺社会日本に訴えたいのだろうか。たかがそれぐらいのことで絶望するな、と。

ジュラシック・パーク

ジュラシック・パーク

  • 出版社/メーカー: ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
  • メディア: DVD

 

 

 

 


老いは美しい「さよなら僕の夏」 (工事中) [書籍/漫画感想]

さよなら僕の夏

さよなら僕の夏

たんぽぽのお酒 (文学のおくりもの 1)

たんぽぽのお酒 (文学のおくりもの 1)

  • 作者: レイ・ブラッドベリ
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1971/06
  • メディア: 単行本

友人に貸していただきました。いつもありがとうございます。                            「たんぽぽのお酒」は児童小説と書いてある割には、私の頭が悪いのか極めて難解かつ、長く、読解に大変、時間がかかってしまいました。児童の頃に読んだら絶対、根を上げてたと思います。           それに比べて「たんぽぽのお酒」からなんと55年後!に出された「さよなら僕の夏」は極めてこなれて読みやすかった。まあブラッドベリファンの人には物足りないかもしれないが。あとがきに書いてあったが「さよなら・・」は改めて書かれたというよりもともと「たんぽぽ・・・」の一部で「たんぽぽ・・・」を出す時に長すぎるのでカットされた部分とのことでそれを半世紀以上経って出す執念は凄い!と思いました。

「たんぽぽ・・・」の難解さは、まず比喩の凄さ。物事や感情、光の様な現象に至るまでブラッドベリ独特の比喩が爆発的に散りばめられていて、そのエネルギーにあてられて大変疲れてしまうのだ。その比喩は必ずしも共感できるものばかりではなく、なんじゃこりゃ?と思える様な表現も多い。それは即ち、ブラッドベリ自身の人生体験や感性や居住地域によるものであるから共感できなくて当たり前なのだが・・・。          そして、この小説は一つ物語ではなくいくつかの話のオムニバスになっていてダグラスは主人公というより解説者、目撃者、傍観者、語り手であり、読者とオムニバスの主人公の間に割って入る存在となっている。

対して「さよなら・・・」の方ではダグラスが主人公であり、物語が一つの流れを持っている。してみると「さよなら・・・」は「たんぽぽ・・・」のオムニバスの一つといえよう。

「たんぽぽ・・・」で私が好きなエピソードは年老いた女性が若者とひょんなことから出会い、女性が思い出話をするだけで若者と世界中を旅行でき、最後に自分の死期を悟って別れていく話である。人生の最後のとても美しい夢のある話である。人間誰しも(特に今の日本人は)老いることは醜く、憂鬱なことと捉えがちで、自分の年齢を隠してみたり、厚化粧をしてみたり、若作りをしてみたり、白髪染めをしてみたりするものだが、この小説は老いることの美しさ・すばらしさを全編において語っている様に思えた。自分の老いに誇りを持ち、かつ謙虚でもある。そうした悟りを持って人生の最後を生きられたなら人はどんなにか幸福であろう。無論、このエピソードや、ダグラスの曾祖母が死ぬシーンの様には、殆どの人は自分の死期を、物語の様に、事前に察知することはできない。死は突然やってくるものである。だが頭ではわかっていても大部分の人は今日と同じ明日が当然のようにやって来ると信じている。だから突然やってくる死を受け入れることはできないし、死に際しても多くの人は病院のベットの上で体に何本も口にもチューブをつけ、話すこともできずに死んでいくものだ。

マーラーの「私はこの世に忘れられ」という曲

 

 

 

 

 


もはや郷愁「トニーたけざきのガンダム漫画」 [書籍/漫画感想]

トニーたけざきのガンダム漫画 (角川コミックス・エース)

トニーたけざきのガンダム漫画 (角川コミックス・エース)


トニーたけざきのガンダム漫画 2 (2) (角川コミックス・エース 113-2)

トニーたけざきのガンダム漫画 2 (2) (角川コミックス・エース 113-2)

  • 作者: トニーたけざき, 矢立 肇, 富野 由悠季
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2007/04/26
  • メディア: コミック

トニーたけざきのガンダム漫画  友達に貸していただきました今更、ガンダムっていうのもなんなんですけど私はそんなにガンダムが好きってわけでもなくてまあ人並みです。全部見たのはファーストガンダムだけで、ゼータは絵が酷いって思って最初と最後しか見てないし、後はどーでもいいって感じで。最初に見たのは中学生の時だったと思います。卒業文集がガンダムだらけだったのを覚えています。私はまだヤマトの方が好きだったので一人で白けてました。ちゃんと見たのはテレビ版のビデオが解禁になってからだから、大人になってからですね。当時のロボットもんとしては装甲騎兵ボトムズが一番好きでした。私は左右不対象っていう造形に弱いんですよ。ボトムズって顔にクルクル回るカメラが付いてて目がないから左右不対象じゃないですか(笑)。だから太陽の牙ダグラムとかも、ロボットっていうよりも工作機械みたいで好きだった。あと六神合体ゴットマーズも左右の足の模様が違ってて不細工で良かったなあ。やっぱりねロボットはスマートじゃいけないんですよ!あまりに人間っぽくなる必要はないと思うんです。機械のイメージを大半に残しつつ人体っぽくないと。そういえば「PLUTO」に出て来る中央アジア紛争での空挺団の精鋭ロボットってまんまボトムズですよね。浦沢さんはロボットが下手って西原氏にダメ出しされてましたけど、あの漫画の造形はパクリが多いです。

 なんと言ってもボトムズは途中からタイトル名が劇中で使われなくなっちゃったのが凄いよね。ボトムズどれ?みたいな(笑)。脈絡のないストーリーも、なぜ裸?のラストも、レッドショルダーのテーマとかの音楽も好きだったなぁ。あからさまに美術界から盗ったであろう主人公名も良かったな。ベトナム戦争とか意識してるのも社会派的でいいじゃないですか(笑)。超古代文明の遺跡みたいなアプローチにも弱いんですよね~。

 あーっとそうそう、ガンダムでしたね。普通じゃなかったですよね、科白が。アニメの科白なんてどれも単純じゃないですか。なのになんでそんな持って回った喋り方をするんだい?って感じでした。もうゼータでは、やり過ぎでついていけなくなりました。普通に喋れよって感じでした。それが今でも弄くり回される原因だと思います。仕草もね、ブライトとか大袈裟でしたよね。やっぱり「なぐって何故悪いか?」のシーンですよね。ホント全然関係ない方に向いて両手広げてますからねぇ、確かに、どっち向いて叫んでるんだよって感じですよね。「左舷の弾幕」もね、言われりゃ確かに右舷については殆ど触れてなかったですもんねえ。ブライトがやっぱりこのパロディの主役ですよ。当時からマグネットコーティングの説明は、数あるガンダムの非科学的理不尽の中でも一番不可解でした。“駆動系を電磁気で包んで”でしたっけ?駆動系という極めてハードな物を“改造”とかじゃなくて包むという極めてソフトな言い回しでくるんだあたりが、さり気なく何言ってんだ?コイツ、と当時頭を悩ませました。で極めつけは“油を注すみたいなもん”で納得させようとしましたからね。“俺にわかる訳ないだろう”ってじゃあ何も言うなよ!アムロもアムロで“考え方はわかりもします”ってそれでわかるのかよ?すげーな!って感じでした。もともと科学なんて考えちゃいけないアニメの世界で変に説明を付けると返っておかしくなりますよね。スタンバって、が、何だよそりゃあ流行ると思ってのんか、ってのも実に的確な批判だなぁ~。普通、そんな縮め方しないもんな~ あのウインダーインゼリーの様なチューブも何が入ってるか不思議だったが、なるほどそういうことだったんですね~(ぶじゅるるって音が笑った) 

 それに比べるとシャアの科白はもう狙って発言してるから昔から変で当たり前だったが、今回はガンダムをマジンガーZ化してしまったのが笑えた。臭気が目に刺さるっていうのももうどっからそういう発想がわくのか(爆)。隅で、何を言ってるの兄さん~とか叫んでるセイラの幻影も可笑しい。 

 オスカとかマーカーがあそに住んでるっていうのも笑えた。あの二人はもうブリッジの部品みたいなもんだ。確かにどっちがどっちだがわからんしなぁ~ ガンタンクも宇宙でキャタピラっていうのが不思議だったなぁ。っていうかそもそも腕とか必要あるのか?と別にヒトガタでなくてただの戦車でもいいんだよなぁ~ 内股のガンダムと親父臭のキツいザクってのもイイ! あとやっぱり「巨乳好みの男」は笑った。「ホレ」っていうのがイイ。

 自分は、プラモは大嫌いなんで、ガンプラの魅力は全くわかりません。手先が不器用だから物作りが苦手だし、セメダインとか手に付くのもやだし(笑)。お年玉にプラモデル貰って泣きながら作った思い出がある。嫌いな人はいないと思われてるふしがあるよね。でもドズル専用ボールの「なんかモヤ~としたやつ」は笑った!そもそもボールって名前が酷いよね。あれに乗せられる隊員は気の毒過ぎると思ってた。

 まだいかりに萌えぇ~も笑えた。 リュウのSM姿も良かった。

 そもそもホワイトベースってなんであんなゆっくり飛んでるのに浮いていられるのか不思議だった。だってエンジンは下じゃなく後ろに噴射してんのにさ。UFO?反重力?その変の説明は全然ないんだよねぇ。ガルマの空爆を避けてドーム球場に隠れたシーンなんて微速でバックだぜ?どうなってんの?

いやあ切りがないのでこの変で、ありがとうございました。ガンダム系のDVDがあったらまた貸してください(笑)

PLUTO 5―鉄腕アトム「地上最大のロボット」より (5) (ビッグコミックス)

PLUTO 5―鉄腕アトム「地上最大のロボット」より (5) (ビッグコミックス)

  • 作者: 浦沢 直樹
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2007/11/30
  • メディア: コミック
装甲騎兵 ボトムズ VOL.1

装甲騎兵 ボトムズ VOL.1

  • 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
  • メディア: DVD
太陽の牙ダグラム DVD-BOX The 25th anniversary memory

太陽の牙ダグラム DVD-BOX The 25th anniversary memory

  • 出版社/メーカー: タキコーポレーション
  • メディア: DVD
六神合体ゴッドマーズ DVD-BOX I

六神合体ゴッドマーズ DVD-BOX I

  • 出版社/メーカー: デジタルサイト
  • メディア: DVD

極めて常識的内容「ニッポン・サバイバル」 [書籍/漫画感想]

ニッポン・サバイバル―不確かな時代を生き抜く10のヒント

ニッポン・サバイバル―不確かな時代を生き抜く10のヒント

 
本書はサバイバルという表題とは裏腹に極めて常識的な内容である(大体、「バカの壁」以来、表題と中身との乖離が年々酷くなり過ぎだ)。私は何を期待していたのだろうか?在日朝鮮人二世として、「朝まで生テレビ」のコメンテーターの様な反体制的で過激な意見を?しかし、よく考えてみたらこの人は東大大学院教授なんである。常識的で当たり前だ。しかし、意見があまりにもどっちつかずというか、中庸過ぎる。「不確かな時代を生き抜く10のヒント」と銘打ってるんだからせめて何らかの結論は出して欲しいもんだが。本人もその辺は重々承知しているらしく、あとがきで「白黒をハッキリさせるような威勢のいい意見が受けがいいようです。」と皮肉まじりに述べている。それにしても気になるのは著者の他人事的な態度である。お金の問題を論じる際「お金に困った経験がありません」と言い切るなど問題の本質から逃げている様に思えてならない。
 
 第一章では、身の丈経済が良いと言いながらココロ主義はまやかしと言い、一体どっちなんだ?とツッコミたくなる。お金か心かの議論は意味がない、と言って高見の見物をする著者に株の飛び込み営業でもやらして見たい。ミートホープ社の牛肉偽装問題でも明らかな様に人間一度大金を握ればその成功体験に浸ってもっとお金が欲しくなる。金を稼げば何をやってもいいと自分を正当化し始める。その男が不細工で他に何の取り得もなければ尚更だ。真の資本主義社会で金を稼ぐということは心を削って生きなければならないということで、一度社会に出ればそれを強いられる。それが今の日本では大人になるということであろう。嫌なら逃げ出して貧者の生活を送るしかない。
「彼のいうところは、彼等の中の真理であって、万民俗衆の真理ではない。この地上の全面を占めるものは億兆の民衆で、隠士高士のごときは、何人と数えられるほどしかおるまい。そういう少数の中だけでもてあそぶ真理なら、どんな理想でも唱えていられよう」(吉川英治「三国志」より)
結局人間を最後に支えるのは精神的な希望だと自殺社会の今、私は強く思う。 お金も精神もバランス良くなんてお題目は、今の日本の社会構造では許されない理想主義ではないか。そんな科白は今の日本人の心の琴線に響く契機にはならない。
 
第二章の、「やり直しがきかない社会だから日本は自由ではない」という意見は凄く正しいと思う。
 
第三章では、「自分に合う仕事を見つけるのは”偶然”であり、今の若い人たちは仕事がうまくいかなくなるとすぐに辞めてしまいがちだが、仕事を続けることが重要」 などと述べているが、これは絶対的に間違いで非常に無責任な意見である。たまたまうまくいった著者の人生論などに付き合わされては堪らない。時代も社会構造も著者が若い頃とは違うのではないか。「若者はなぜ3年で辞めるのか」でも読んでもらいたい。消えない年功序列と中途半端な成果主義の板ばさみで、もう絶対上には上がれない出口の見えない絶望の底にいる若者の現実が赤裸々に語られている。景気回復とは名ばかりの右肩下がりの希望のない社会。貧しくても希望があれば昭和30年代の様に生きていけるが、我々の生きているうちは堕ちる一方で事態の好転は望めない。その本では年功序列に守られてぬくぬくと利益を貪る日本の老人世代を”リヴァイアサン”という怪物に例えて、若者の希望を奪っているのは彼等であると述べているが私も同感である。今の絶望社会は一部の老人世代が自己保身のため若者を犠牲にして成り立っている。そんな狂ったシステムに付き従う必要はないと思う。若者が辞めるのは”辞めざるを得ないから辞める”のだ。過労死寸前のサービス残業地獄が一生続くとわかってしかも決して一生報われないことがわかってしまったら、誰が好き好んでそんな場所に居よう?私は著者の様な周囲の、無責任極まる押し止めの忠告を聞いて10年以上もだらだらと仕事を長く続けた結果、健康な肉体も精神も、人生の中で最も貴重な時間も会社に奪われてしまい、後には何も残らなかった。次々と新技術が出来て従来のシステムが陳腐化していくコンピューター社会では経験は財産にならない。こんなことならもっと早く辞めておけば良かったと後悔すること仕切りである。辞めなければ良かったなどと後悔したことは一度もない。断言しよう、今の日本では辞めようと思ったら直ぐに辞めるべきである。将来のために辞めるな、という周囲の意見には耳を貸してはいけない。彼等は貴方のために言っているんじゃない、自分のために言っているのだ。一部の老人世代の作り上げた狂った社会に付き合う必要はない。
「フリーターは自由」。私はそんなことは思っていない。誰だって好き好んで不安定な職になどつきたくない。若者がフリーターを選ぶのは現在の日本の会社の、人権もへったくれもない劣悪な労働環境にある。適材適所から、適応できないものは見捨てられる社会、へと変わったことによって。 
「女性は差別されており生まれ変わって男性になりたいという女性は多いが女性になりたいという男性は少ない様に思う」 アンケートでも取ったのだろうか?看護士や保育士、ホームヘルパー、司書や学芸員、受付、単なる事務員だって、男性が付きにくい職場はたくさんある。今は例えお茶くみやコピー取りでもいいから職に付きたい男性はたくさんいるのだ。著者は80年代の感覚である。ちなみに私は生まれ変わったら女性になりたいと思っている。男性はもういい。確かに社会の一部、企業なりお役所なりで女性が出世面で、ある位置から上には上がれないという事実はもちろんある。しかし世の中、上昇志向の強い人ばかりではない。他人を蹴落としてでも上にあがりたいという人ばかりではない。特に日本では男性は男らしく生きることを強いられる(女性は男まさりも格好良いにも関わらず)。主夫などはみっともないとされる。どこへ行っても男は逞しくあらねばならず、力仕事を任される。か弱い男性は下手をすればオカマ的色物とされてしまう。男がみんな24時間戦えるわけではない(あのCMで走っているのは男だけだ)。十人十色、色んな個性が居て当然なのにも関わらず、社会ではみな体育会系を強いられる。趣味はパチンコなら普通なのに絵画鑑賞なら気持ち悪がられる(女性はどっちもOKなのに)。勝負事の嫌いな男性だって居る。男が家でゴロゴロしてればニートでも女が同じ立場なら花嫁修行として非難されない。男も結構ツライのである。
男女平等に関しては常に男社会の中で女性を男性の位置に引き上げるという姿勢ではなく、男女に関わらずどんな仕事にもつける、例えば女性が車掌や工事現場の作業員やタクシー運転手をやる様に男性が受付やお茶くみ、そしてもちろん専業主夫をやってもいいように、言わば性別で判断するのではなくその人自身の能力・適性のみで判断して欲しいと思う。
 
第四章の、友人同士で公的な意見が交わせないのが不幸というのは、本当にそう思う。政治問題とか社会問題とかを仲間うちで集まっている時にすると「空気を読めない」(じゃあお前読めるもんなら読んでみろ!と言いたくなる)とか下らないことを言う奴がいるもんだ。 
 
第五章では韓国の発達したインターネットメディアの話が紹介されているにも関わらず、筆者の好みから新聞は根強く残ると書いているが、私は思うに速報性という観点からすると新聞はメディアとしては既に死んでいる。その証拠に休刊日には電子メディアをご覧下さい、と来る。これは新聞が報道責任を放棄していると言えよう。新聞はもはや解説として生き残っているに過ぎない。大体、朝のクソ忙しい時間帯に筆者の様に1時間もかけて読む暇なんてないし、ラッシュ電車の中では3段折りにして苦労して広げても回りに迷惑である。雑誌がインターネットで部数急落、休刊続出、挙句は0円になってしまったように新聞も本来は消える運命にあり、消えないのは洗剤とヤクザまがいの勧誘員たちの努力によるものであろう。テレビに関しても著作権など法律に守られて生きながらえているに過ぎない。最近の若者は本当にテレビを見ていない。局や新聞社の保身のため、いつまでインターネットをテレビや新聞の補完的な地位にしておけるのだろうか。 
 
第六章は彼の薦める古典は読む気がしないが、まあ概ね言っていることはいいんじゃないか。どんな人間にも憐憫の情はあるという性善説は甘い気もするが。そうあって欲しいものだ。
 
第七章は、中国経済はもう日本を凌駕していると思うから日本に対する僻みはないと思うがまあ、概ね正しいんじゃないか。特に歴史を知れ!は本当に重要だと思う。日本人は本当に中国に戦争で負けたことに気づいてないよね。経済大国から経済を取ればただの国以下。日本なんて中国に比べたら本当に小国でしかない。所詮、日本は米国や中国など大国に乗っかって生きていくしかない。
 
第八章は極めて楽観的。京都議定書が全く機能していない今、その軍事力版などできるわけがない。
他人の価値観を理解しない人が多い昨今、他者軽視の話は、もっと突っ込んで欲しかった。
 
第九章もさらに楽観的である。「ドイツがそうだったように、自由のウイルスがまかれることで北朝鮮は崩壊する」そうでしょうかねぇ?著者もアジア人のくせにアジアのマゾヒズムを理解していない。アジア人は征服されることに時に喜びを感じる人種なのだと思う。日本人が政府に甘いのもそういう一面があるからではないか。北朝鮮が存在しているのは北朝鮮という緩衝地帯を米中が必要としているからで、ドイツ統一はチェルノブイリ原発事故によるソ連崩壊が原因である。中国で国家を崩壊させる様な出来事が起きない限り、北朝鮮の体制は維持され続けるでしょう。
憲法九条の意見はその通りなので良い。昔、企業研修で自衛隊の人が来て軍事教練まがいのことをやらされたことがあるが、私は集団行動が特に苦手なので「回れ右」とかテンポがずれて再三注意を受けた(笑)。あんなものをやらされたんでは堪らん。
選挙で与党が大敗しても首相すら変えられない日本では、一票は世界を変えるという著者の意見も虚しい。
 
第十章に関しては、概ね同調できる。「足ることを知る」も「長い目で見る」も「失うことはマイナスだけではない」も。ただ、「人の幸福の絶対量は変わらない」はアフリカとか貧困地帯の人々を見ると決して首を縦にふれないものがあるが。
いずれにせよ、人生一寸先は闇、何十年も先のことを考えてもしょうがないのである。今の日本が、いや地球がどうなるかわからないのに、保険をかけたりローン組んだり下らないことである。人生は今この瞬間が平穏であれば幸せだと思う。以前、お見合いオバサンに言われたことがある。「人生で大切なのは、心安らかなことであり、もし誰かと結婚するより一人でいる方が心安らかなら結婚する必要はない」と。お見合いオバサンとしては失格だが、いいこと言うなぁと思った。
 
あとがきで、朝のラッシュ電車の人身事故に遭遇して、自殺者を罵るサラリーマンにぞっとした、という話が載っていたが、私も同じ文句を言ったことがある。しかし、それで共感や憐憫の情を忘れているなどと断定しないで欲しい。「なぜこうなってしまったのか」と筆者は問うが、それは単に時間に余裕がないからである。時間に余裕のある時であれば、そのサラリーマンも私もそんなことは決して言わない。「時は金なり」、情報のスピード化による利潤追求が進み過ぎた結果、時間短縮を人命よりも優先させてしまった例は、JR福知山線の脱線事故などいくらでも挙げることができる。時間に余裕がないということは即ち心に余裕がないということ。そうなった時は人生立ち止まって、エンデの「モモ」でも読み直して考える余裕がこの社会にあればいいのだが。 
 
三国志〈4〉 (吉川英治歴史時代文庫)

三国志〈4〉 (吉川英治歴史時代文庫)

  • 作者: 吉川 英治
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1989/04
  • メディア: 文庫
 
若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

  • 作者: 城 繁幸
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/09/15
  • メディア: 新書

 

モモ (岩波少年文庫(127))

モモ (岩波少年文庫(127))

  • 作者: ミヒャエル・エンデ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2005/06/16
  • メディア: 文庫


最強劣悪の書「宇宙で一番優しい惑星」 [書籍/漫画感想]

宇宙で一番優しい惑星

宇宙で一番優しい惑星

 
断っておくが表紙はドコモ夏2.0の宣伝ではない。
最初、改造社書店で見つけた時は誤って自然科学分野の棚に配架されてあった。表紙が気になり読んでみると内容はSF小説だった。しかし余りに酷い内容なので買うのをためらっているうちに本棚から消えた、と思っていたら近所の図書館に出現。選書担当は内容をちゃんとチェックしているのか?こんな本が公立図書館にあっていいのかと首を傾げつつ最後まで一気に読んでしまった。
本書はありとあらゆる暴力、殺戮、拷問、SEX、野蛮、苛め、欲望、変態、背徳、悪徳、グロテスク、人間の醜さをこれでもかこれでもかと書き連ねる最低最悪の本だ。そう、題名とは180度反対の内容なのだ。一応、表向きは別惑星の出来事なのだが、出て来る宇宙人は殆ど人間な上に文明内容も飛行機がないという一点を除いて殆ど現代だ。但し泥の海など環境は地球より過酷であるらしい。そして国際情勢への風刺が込められている。即ち舞台となる惑星オルヘゴには3つの国がある。一番貧しい砂漠の国で内乱が絶えず、強国に自爆テロを起こすダスーンがイスラム勢力を表す。豊かだが政府が極めて優柔不断で強国の言い成り、テロ対策も全く行われず報道規制ばかり厳しく、国民にはまるで戦意のないボボリが日本を表す。非常に豊かで軍隊は最強、政府は迅速な対応を行うが、社会が差別と背徳の限りを尽くし人間は冷酷そのもののクイーグが米国を表す。まずダスーンの内乱でじゃぶじゃぶ人が死ぬ。その拷問描写は残忍そのもの。ボボリの吐きそうな日常は今の日本そのまま過酷にした感じ。クイーグ人のおぞましい性の限りを尽くした変態行為は身の毛がよだつ。しかし人々は一様に間抜けで滑稽なためついつい残酷な描写もするりと読めてしまう。字の大きさを変えるなど自由奔放で乱雑な文体だが、そこが陰惨さを逆に薄めてくれる。主人公(皆、愚劣で低俗)もコロコロ変わるがこの場合は変に感情移入しないで済んで良い。そして最後、ダスーンの自爆テロでボボリの人々が物凄い勢いで死んでいく様は圧巻。それに対して政府の対応がゴミ箱を撤去する」だったり「陰惨な映像にモザイクを入れる」という実に滑稽かつ無能な対応なのが笑えるし今のテロ対策そのものだ。9.11テロの後、職場で上層部から真面目に回覧された通達はアメリカ人には近づかない」だったのだから。まるで北朝鮮が攻めて来ても政府が何もしない「半島を出よ」を彷彿とさせる内容だが、あの小説ではまだ日本人に戦意が残されていた。しかしボボリ人には全く戦意がなく、ディズニーランドもどきで遊んでいたりするから救いようがない。やがてダスーンに通じる裏切り者が出て内部崩壊していく。まあ今の日本はこちらの方が近いのかもしれない。なんというか危機感が足りない。弾道ミサイルが列島上空を通過しても手を拱いて見送るしかない国だ。原爆を落とされても大臣がしょうがないと諦めてしまう国だ(”しょうがない”は諦めの早さを美徳と考える日本人の病気だろう。私は世の中に本当にしょうがないことなんて無いと思ってるhttp://blog.so-net.ne.jp/hanarezaru_bibi/2005-12-19)。そして国民の一番の感心時は拉致問題でもイラク情勢でもなくハニカミ王子だったりブートキャンプだったりするわけだ。「真の敗れは、その国の内より敗れたときである。」(吉川英治「三国志」)。そしてダスーンとの戦争のため国内をクイーグ軍に蹂躙されじゃぶじゃぶ金を払わされるボボリの様は今の米軍基地・イラク派遣問題そのものだ。自国内にこれだけ外国の軍隊が占領がされてるのに異常と感じず守ってもらってると思っているおめでたい国、ニッポン。ダスーンは貧しいが信念がある。クイーグは社会のモラルは乱れ切っているが外国に対してだけは強権を発動できる。しかしボボリにはどちらも無い。何も無い国、ニッポン。阿鼻叫喚の地獄絵図のまま何の解決もみないまま終わるこの小説は、そのまま希望もない、世界の果てまで行っても楽園も逃げ場もどこにもない今の地球そのものを表している。
食前に読めば飛び散る身体破壊描写に食欲が無くなりダイエットが進むこと請け合いである。
 

前の10件 | - 書籍/漫画感想 ブログトップ